自伝 ―大学時代の話 8-
私のほうから親へ電話をするのは大体2か月に1度くらいで、内容は「お米送って」というもの。本当に自分のことしか考えていない人間だった。
電話がつながると親の第一声は決まって「元気してる?」だった。遠く離れた子を思う気持ちがこの一言に込められていたことに私が気づくのはこれよりもっと後のことである。
5分ほど近況報告をしたのち、本題へ入る。といっても毎回同じことを言うのだから親も二つ返事で電話が終わる。
4~5日ほどでアパートに大きな段ボールが届く。娯楽の少ない一人暮らしだからこそ箱を開けるこの瞬間はいつもワクワクした。箱の中にはお米が半分を占め、そのほかに洗剤やらラップやら生活消耗品が少々、さらに母親手製の総菜(基本的には唐揚げやトンカツといった揚げ物)、そして隙間を埋めるように子ども向けのお菓子がぎっしり詰まっていた。私にとってそれはまさに「宝の箱」だった。
総菜はすぐさま冷凍庫へ。カレーと同様、唐揚げもカチカチに凍らせ、1個の唐揚げをこれまたチビチビかじりながらご飯を食べた。他人が見れば「卑しい食べ方」に違いないが、私にとってはいかに食費を削るかということのほうが重要だった(別に見られるわけでもないし)。
そんなわけで月々の食費は2000円もしなかった。
こうして、1か月1万円生活は新学期早々から達成できたのである。
