車検と代車
普段使っている軽自動車を車検に出した。長年の付き合いで、出すときは毎回、車を購入した正規ディーラーだ。
事前に「今回の車検は丸一日かかるので、代車を用意する」との話を聞いていた。
お店に着いて、5分ほど説明を受け、乗ってきた車のカギを預け、代車のカギを受け取る。
そして代車と対面。
と、その瞬間驚いた。車種は今乗っているものと同じなのだが、最新の新車だったのだ。
車内に入る。まだ新車の匂いがする。メーターを見る。まだ500kmも走っていない。
正直困った。私としてはボロボロの車のほうが気が楽だからだ。
世の中には、細部にもこだわるほどの車好きがいる。私の友人の中にはパッと見ただけで瞬時に車種とグレードを言い当てる者もいる。当然、そういう人は日ごろのメンテナンスを欠かさない。洗車もコーティングも定期的に行っている。
しかし私はというと車に無頓着な性格だ。車を「人を乗せて運んでくれればいい」程度でしか見ていない。荒い運転はしないが、汚れても傷がついても特に気にしない。そんな私に新車が与えられたのだ。ただでさえ「借り物」というだけで気を遣うのに、その上「新車」なのだから、余計に緊張してしまう。
ただ、実際乗ってみて思った。非常に快適なのだ。「将来、買い替えるならこれもアリだな」と思ってしまった自分がいた。
百貨店の三越は江戸時代(当時の名は三井越後屋)から続く老舗だが、そのころ三越が行った画期的なサービスに「貸し傘」というのがあった。雨が降ると得意客・一見客・通りがかりの者ですら、だれかれ構わず傘を貸したのである。借りた人が傘を差す。傘には店の紋(屋号)が大きく入っている。それを多くの人々が見る―。つまり「貸し傘」は「動く広告塔」というねらいが陰にあったのだ。それでいて「貸し手」「借り手」「世間」の三方良し。全くいやらしくない。まさに“粋”である。
今回の新車にそんな意図があったかどうかは分からない。けれども乗り心地を実際に体験してみて心動かされたのは事実である。「顧客に特別感を提供する」、この視点はお寺も見習うべきだと思う。
ただ、今回は優越感よりも緊張のほうが勝った。普段以上に安全運転をしたせいだろう。家に帰りつくなり泥のように寝てしまったのだった。