浄土の花

仏教では、私たちが今生きている世界を「娑婆」、仏さま方がいらっしゃる世界を「浄土」と呼びます。

この浄土というのは一つではなく、仏さまの数だけ(=八万四千)存在するわけですが、その中において阿弥陀さまがおられる浄土のことを「極楽浄土」といいます。

では極楽浄土とはどんな世界なのでしょう?

お経を開いてみますと、そこには「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」という言葉が出てまいります。

浄土に咲く蓮の花たちは、青い花びらのものは青い光を、黄色い花びらは黄色い光を、赤い花びらは赤い光を、白い花びらは白い光をそれぞれ放っている、というのです。

「なんだ、当たり前じゃないか」。そうです、〝当たり前〟なんです。

しかしその〝当たり前〟が浄土の世界であるということは、私たちのいる娑婆の世界はその反対であるということです。つまり〝当たり前〟になっていないということ。換言すれば〝当たり前〟に逆らった生き方をしているのが私たちであるということです。

自分に自信が持てずに他人の真似ばかりする―。流行りものにすぐ流される―。

あなたはそんな生き方になっていないでしょうか?

映画「男はつらいよ」で主演を務めた渥美清さんの話です。

役者になるのが夢だった渥美さん。高校を卒業するとすぐに役者の世界に入りますが、役者としての仕事口は全然なく、渥美さんは生活のためにストリップ劇場で幕引きの仕事をしていました。

ある日のことでした。劇場に勤める一人の女性が渥美さんに向かって、こう言ったのです。
「渥美さん、あんた役者になりたいそうだけど、役者だけはよしなさいな」
「姉さん、どうしてですか?」
渥美さんが理由を尋ねます。すると彼女は
「役者ってのはね、団十郎でもなんでも、千両役者といわれる人は皆、ギョロッとした目をもっているものなの。これを役者の〈目千両〉って言うの。それに比べてあんたの目は言っちゃ悪いけど、〈目千両〉に対して〈目一文〉よ。だから渥美さん、あんた役者だけはよしなさいな」
仕事が終わって、下宿に帰った渥美さんは鏡に映った自分の顔をじーっと見つめました。そして、
「なるほど。うまく言ったもんだね。〈目一文〉か。そう言われてみりゃ、俺の顔は目がねえや」
と一人つぶやくのでした。しかし、その眼からはポロポロと悔し涙が流れていました。

と、次の瞬間でした。渥美さんは考え方をグルっと変えてみたのです。
「いや待てよ。確かに俺の顔はどこからどう見ても美男子とは縁遠い顔ではあるけれども、だからといって他人様を不愉快にさせる顔というわけでもない。まあ平均的日本人を少し下まわった、どこにでもころがっている庶民の顔ではないか。それなら、この顔を土台にして演技と技で男の悲しみと男の喜び、男の真実を表現していけるんじゃないか」

思い立ったらすぐ行動ということで、渥美さんはすぐさまストリップ劇場を辞め、手弁当ひとつで東京中の縁日を巡り、露店商人達の仕草や、ものぐさを観察し覚えるという生活を始めました。どの一つも自然につくりあげられた態度、動作、服装、腰、言葉などを細かく観察して、それを自分の体に染み込ませていったのです。

そうした渥美さんの前向きな姿勢が山田洋次監督との出遇いを呼び、そうして全48作にも及ぶ名作、『男はつらいよ』が誕生したのでした。

青色のあなたが、たとえ黄色を羨み、黄色になろうとしたところで、黄色になることはないのです。

その逆も然り。黄色の彼は青いあなたにはなれません。

羨むことなく、卑下することなく、比べることなく、そのままに生きること。

それが「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」のこころです。