お布施の額

お布施の額

「あの~、ちょっと聞きにくいのですが、お布施はどれほどお包みすればいいのでしょうか?」。

法事の予約を受ける際、時々聞かれるこの質問。「いくらでも大丈夫ですよ」と返しても、なかなか納得していただけません。施主の心情としては「多すぎず、少なすぎず、周囲と同じくらいの“相場”が知りたい」ということなのでしょう。

ですが、本来、お布施に相場なんてものはないのです。相場がないから「いくらです」と答えることもできないのです。

そこで一旦、布施の原意からお話ししましょう。

布施というのは、お釈迦さまの時代より続く仏道修行の一つで、その目的は「執着心を離れる」ことにあります。

人は誰しも自分の所有物に愛着を持ち、それが自分にとって大事であればあるほど、近ければ近いほど「手放したくない」という気持ちも併せて強くなっていきます。この「手放したくない」気持ちのことを仏教では執着心といい、悪い心の一つとしているのです。

出すことを惜しんだり、見返りを求めたりするのは、自分の中に執着心があるから。「やだなー」「もったいないなー」「これだけしてあげたのだから…」、そういう思いは、まさに執着心の表れです。

執着心に凝り固まってしまうと、他者に心を向けなくなります。そうすると社会そのものが立ち行かなくなってしまいます。お釈迦さまが「執着心を離れる」ことを説いたのは人間が社会的生き物であることを深く理解していたからでした。

繰り返しになりますが、布施はれっきとした修行です。要するに「自分のため」にするものです。

しかし人間は個々人で能力に差がありますので、修行の内容は同じにはなりません。自分の能力は自分しか知り得ませんから、自分で決めるほかないのです。

お財布に余裕があれば少し多めに出せばいいのです。逆に厳しかったら減らせばいいのです。

その時その時の「精一杯」が布施行なのです。

(※中には僧侶のほうから一方的にお布施の額を提示・請求してくる方もおられます。しかしそういう方は正しく仏教を理解されておられない方ですので、なるべく関わりを持たないようにしたほうがいいでしょう)

もとよりお布施は僧侶の懐にまるまる入るものではなく、宗教法人であるお寺の収入として会計処理される(その一部が給与という形で僧侶に支払われる仕組みです)もので、その大半はお寺の護持、発展といった寺院運営に使われます。

ですから、たとえお布施が1円でもお勤めはできます。とはいえ全員が1円ばかりになってしまうと、お寺の運営ができなくなりますので将来的には廃業ということになってしまうわけです。

「自分のお布施が、そのお寺の未来(=自分の子どもや孫)に関わってくる」ということを念頭におきながら、その時々の自分の状況と気持ちに応じて金額を決めていただければと思います。

ポイント:お布施の額は自分で決めるもの。難しいからこそそれが心の修行になる。