納棺尊号
葬儀の場での最後、棺を乗せた車が火葬場に向けていざ出発するときに、斎場スタッフの方が参列者に対し「一同、合掌・礼拝」とお声がけをします。その際、おそらくほとんどの方は‟故人”に向けて合掌されているかと思いますが、浄土真宗の教えからいうと、いついかなる場合でも礼拝対象は救主である阿弥陀仏ただ一人であって、亡くなられたご本人様ではありません。では一体どこに阿弥陀仏がいらっしゃるのかというと、実はきちんと故人と共に棺の中に入っているのです。
葬儀のお勤めが始まる前、棺の蓋の上をよく見てみてください。そこには「南無阿弥陀仏」と書かれた六字名号があるはずです。これは「納棺尊号」というもので、出棺時や火葬場など本尊を安置することが難しい場面において、本尊の代わりとして用いるものです。お寺によってその様式は位牌であったり、紙であったり、垂れ幕であったりと様々ですが、大きさ・形に関わらず、その意味は本尊と全く同じです。
ちなみに正覚寺の場合は右のような三つ折りの紙を、たとう紙で包んで納棺尊号としています。
二つ折りの紙のほうには「法名」と「南無阿弥陀仏」の六字名号、そして「其仏本願力 聞名欲往生 皆悉到彼国 自致不退転(訳:阿弥陀仏の名を聞き、往生を願う者は、阿弥陀仏の力によって誰もが必ず極楽に往生でき、もう二度と苦しみの世界に落ちることはない)」という『仏説無量寿経』の言葉。
たとう紙の表には「尊号」と書いています。

お経の中に「独生 独死 独去 独来」とあるように、私たちは一人で生まれ、そして一人で死んでいかねばなりません。一方、遺族の方からしてみれば大切な人がこの世を去るとき、一人で寂しくないだろうか、自分も一緒についていけたなら、と思うこともあるでしょう。しかしそれは到底叶わぬことです。
だからこそ、見送るしかできない私のために阿弥陀仏が立ち上がられたのです。「心配するな。私がそばに付いて間違いなくお浄土へ連れていく。だから、あとのことはすべて私にまかせよ」と阿弥陀仏はおっしゃっています。つまり、棺の中に納棺尊号を入れるというのは、阿弥陀仏との二人旅であること表しているのです。
そのような慈悲の仏さまであるからこそ、私たちは感謝と敬いの心をもって阿弥陀仏に手を合わせるのです。
今生の別れは確かに辛いものではありますが、「永遠の別れ」ではなく「ひとときの別れ」であるところにお念仏の妙味があります。出棺の際には心の中に阿弥陀仏を思い浮かべながら合掌・礼拝してください。
