法名とは
「戒名」と「法名」。ともに仏弟子になった証として授けられるものですが、こと私たち浄土真宗においては宗派を問わず戒名ではなく法名という言葉を使います。
両者の違いは、戒名とは「仏教で定められた戒律を守って生きていきます」という誓いのこと。一方の法名とは「仏さまの教え(=法)を拠り所として生きていきます」という誓いのことです。
例えば
①生き物を殺すなかれ
②他人のものを盗るなかれ
③配偶者以外の異性と邪な関係を持つなかれ
④人を傷つける言葉を使うなかれ
⑤酒を飲むなかれ
この5つは在家者(財産・家族・仕事を持つ者)に与えられた戒律ですが、このたった5つでさえも守りきることができないのが私たちであり、その点を突いたのが浄土真宗の宗祖である親鸞聖人でした。
戒律を守れない以上、戒名はいただけません。ですので浄土真宗では「私は戒律でなく、法を頼りとします」ということで法名をいただくのです(もちろんこれは「戒律を破っていい」という意味ではありませんので誤解しないように)。
そして法名はみな一様に「釈 ○○(漢字2文字)」です。戒名のように下に「信士(信女)」や「居士(大姉)」という位号がつくこともありません。なぜならお釈迦さまが説かれた教えは社会的地位や肩書き、財産、年齢といった世間的価値観は一切関係なく平等だからです。お釈迦さまの名前から「釈」の字を頂き、共に教えを聞いていく仲間(=みんなが「釈さん」という一つの家族になっていく)としてこれからの人生を歩んでいく、それが法名のいわれです。
法名を頂く場合は「帰敬式(ききょうしき)」という儀式を行います。基本的には本山での受式となりますが、真宗興正派の場合は御門主さまが来鹿される毎年11月の興正寺鹿児島別院の報恩講でも受けることができます(但し、本山でも別院でも事前申し込みが必要となります)。
最初に書きましたように法名とは「仏さまの教え(=法)を拠り所として生きていきます」という誓いです。つまりそれは生前に頂くことが本義となります。生前に何らかの事情で帰敬式が受けられなかった方に限り、通夜の席でお手次の住職が御門主に代わり帰敬式を行いますが、あれは「やむを得ない場合」であって本来のあり方ではありません。ただあまりにも「やむを得ない場合」を目にする機会が多いものですから、世間一般には「法名=死者に付ける名前」という考え方が浸透してしまっているのです。
法名をもつことは「法を聞いていく私になる」という第2の人生の始まりでもあります。
どうぞ生きている間に新しい自分と出遇ってください。
