「たまたま」の世界 ―縁の考え方―  〈前編〉

自分の思い通りにいかないこと、あなたは経験ありませんか?
仕事、交友関係、家庭環境、自分の体のこと…。‟想定外”なことが人生には幾度となく訪れます。
「こんなはずじゃなかったのに」と思い悩んだことがある方は、これから話す“縁”の話をちょっと聞いてみてください。

縁とはすなわち、出遇いです。
例えばここに一粒の花のタネがあるとします。きちんと育てばいずれ花が咲くわけですが、花を咲かせるためにはいくつもの「条件」が必要です。

まずは土。どれだけ大事に手の中に握っていてもそれでは根は出てきませんね。タネが育つためには「土の中に埋める」ということを最初にしなければなりません。当たり前ですね。
次に必要なのは水と肥料。水分と栄養の両方が揃って生き物は育つのですから、この二つは欠かせません。
それからお日様。熱で土が温められてタネは芽を出し、光を受けてどんどん成長していきます。
まぁ、ほかにも条件はあるのですが、キリがないので一旦ここで止めておきます。

さて、今、タネに必要なものとして土と水と肥料とお日様を挙げましたが、これらすべてを「縁」といいます。

つまりタネは土と出遇い、水と出遇い、肥料と出遇い、お日様と出遇って花が咲くのです。

逆に言えば、もしタネがこれらの中の一つでも出遇いがなかったならば花に至ることはないのです。

ここからが大事なポイントですが、この縁(出遇い)というのは「私の思いが全く反映されないもの」なんですね。タネがどんな場所に落ちるのか、それをタネ自身は決められません。運よく土の上に落ちることもあるでしょうが、水の中だったり、生き物に食べられてしまうことだって往々にしてあるのです。
雨もまた然りで、タネには水が必要ですが、その雨がタネにとって「丁度いい量」かどうかはタネには決められない。自然が相手である以上、長雨に見舞われることも日照りに見舞われることもあります。いくらタネが「もう水はいらないよ~」と思ったところで雨はやみませんし、反対に「もっと水が欲しいよ~」と思ったところで都合よく雨が降るわけでもないのです。

繰り返しになりますが、縁は「私の思いが全く反映されないもの」です。すなわちそれは「向こう側(=縁のほうから)から、一方的に私に与えられるもの」ということです。

縁は私の思いとは無関係に、ただ一方的に私のもとへ訪れる。だから決して思い通りにはならない。つまり私たちは縁に振り回されるほかないのです。

それが時に大きな悩みとなるのです。

                〈後編へ続く〉