滅ばぬ先の杖
仏教、すなわち仏の教えというのは言い換えれば真理の教えです。
すべての人に当てはまること。時代も国も人種も関係なく、誰もが「確かにそうだ!」と頷く事実を真理といいます。
反対に、当てはまる人と当てはまらない人に二分されるものは真理ではありません。占いやお祓い、お守りの類が真理となりえない理由は「一部の人にしか当てはまらない(効果が表れない)」からです。
そんな真理の教えを歴史上はじめて体得されたのが、お釈迦さまでした。
ただ、お釈迦さまは「仏教を開いた方」であって「仏教を作った方」ではありません。お釈迦さま生まれるよりずっと前から真理の教えは存在していました。それを発見され、言葉にして、人々に説いて聞かせたことがお釈迦さまの偉業なのです。
例えばイギリスの物理学者、アイザック・ニュートンは「万有引力を発見した人」と称されますが、ニュートンが現れる前から万有引力は存在していたのです。ニュートンはあくまでも見つけただけ。「万有引力」という名前を付け、世に広く知らしめたことが彼の偉業。対象は全然違いますが、お釈迦さまもニュートンも同じことをしているのです。
どれだけ自分が認めずとも、目を背けようとも真理は変わりません。
だからお釈迦さまは一日も早く真理にまっすぐに生きる人間になってほしいと願い、人生の大半を布教の旅に充てられたのです。お釈迦さまの口から出る一つひとつの言葉はすべて真理であり、真実でした。教えに遇った人はその言葉に心から頷きます。誰もが「確かにそうだ!」と頷いたからこそ、皆がお釈迦さまを信じ、仏教を大切にしたのです。
さて、お釈迦さまがまだこの世におられた頃、インドは大小さまざまな国が群雄割拠する複合国家でした。その中でインドの東部にマガダ国という大国があり、アジャセ王という王様がいました。
ある日のこと、アジャセ王は隣国に戦争をしかけていいものかどうかお釈迦さまに尋ねます。それに対してお釈迦さまは次の7つの反問を出したといいます。
・その国は会議を開いて、事を決しているか?
・国民は一致して事にあたっているか?
・むやみに制度を改めていないか?
・老人を尊重しているか?
・女性の純潔を重んじているか?
・宗教行事を欠かしていないか?
・宗教者を敬っているか?
そして最後にこう付け加えたのです。
「この7つが守られていれば、攻めても滅ぶことはないでしょう。もしこれが守られていないのであれば、攻めずともその国は滅びるでしょう」。
2500年前のお釈迦さまの言葉を現在の日本に重ねてみた時、あなたは何を思うでしょうか?
もっとも、その真意は必ずしも国家レベルの大きな話ではなく、もっと身近な存在、―あなたの家族や仕事上の人間関係など― にあるのでしょう。
果たして、あなたの未来は存続と滅亡のどちらでしょうか。