
アクセス
県道17号線との交差点から県道28号線を指宿市街地方面へ向けて220m進み左折。坂を200mほど上がった先にある左の脇道へと入る。
洞窟までの道のり

脇道の様子。
舗装はされていないが、頻繁に車が通っていると見えて歩きやすい。

脇道の先には畑が広がる。
目的地へ行くためにはその手前の土手を上がり、林の中へと入っていく。

土手を上がった後は、ただまっすぐ進むだけ。
右手に常に畑が見えるので迷うこともない。

途中でさらにもう一段、土手を上がる。

脇道の入口から1分55秒で到着。
目の前にあったのは全体がツタに覆われた巨岩。
一面が緑で見つけにくいが、岩の正面に置かれた花入れを目印すると、その存在を確認することができる。
構造と内部の様子

▲岩を正面から見た図(番号は撮影位置)
・シラスの巨石に彫られた三尊像。摩耗が激しい。
・三尊像はいずれも直立した姿。
・地面から摩崖仏までの高さはおよそ2.5m。

楕円形をした外周部の大きさは幅0.5m、高さ0.3m。
その中に三尊像が彫られている。
「摩崖仏によるかくれ念仏」というのは初めてのパターンである。

ツタを取って全体を確認。
文字等は発見できなかった。
どうやら彫られているのは三仏だけのようだ。

①
中央の仏さま。高さ0.27m。
合掌する手はどうにか原型を留めているが、顔は風化により摩滅。
正直これでは阿弥陀三尊なのか釈迦三尊なのかも判別ができない。

②
向かって左側の脇士。高さ0.24m。
しっかりと目・鼻・口が残っており、三仏の中では一番状態が良い。
シンプルな造りでその表情は穏やかである。

③
向かって右側の脇士。高さは左と同じく0.24m。
摩滅がひどく、顔も体も分かりにくい。
シラス特有の柔らかさ故に風雨や植物等による侵食作用をもろに受けた結果である。

ぽっこりと土手から飛び出したかのような巨岩は高さ10.5m、幅9.9m。
磨崖仏はその正面下部(写真赤丸部分)、人が地面に立った時、ちょうど仰ぎ見るような位置に彫られている。
おそらく当時は岩自体が場所を示す目印の役目も果たしていたものと思われる。

岩の正面の様子。
樹木が目隠しになっている先は現在、畑となっている。
目の前に広がる光景が以前から畑だったのか、それとも家があったのか、はたまた森だったのかは残念ながら不明である。

岩の正面は15~20名ほどが立てるほどのスペースがあり、いざというときには側面へ逃げることが可能な道(の痕跡)もある。
これは推測であるが、古い花立てが残っていることから考えると、案外昭和の頃までは、(かくれ念仏としてではなく、先人の苦労を偲ぶ聖地として)お参りの習慣が続いていたのかもしれない。
周辺の様子
磨崖仏の場所は、森の中に切り開かれた畑の背部にある。最寄りの集落との距離は約300m。集落から少し離れているので、何も知らない人がここを見つけることはまず不可能。森の奥深くというわけではないものの、この距離なら声も光も集落までは届かなかったはずである。
調査を終えて
私が「仮屋のかくれ念仏」の存在を知ったのは指宿市が令和6年7月に出した「指宿市文化財保存活用地域計画」(インターネットで検索すればPDFで閲覧可能)の中にその名称があったからである。そこでさっそく指宿市の生涯学習課(文化財課)を訪ねたのであるが、返ってきたのは「資料作成者も分からない」という回答だった。しかし資料を作成する以上は元となる情報が必ずあるはずなので、具体的な場所はともかくとしてその出拠は何に依ったのか改めて問うたところ、これまた「不明」とのことだった。作成者本人も知らず、出拠も不明。それなのにどうして資料に名前があるのか理解に苦しむのだが、事実として「誰も知らない」という結果に、仮屋のかくれ念仏調査は暗礁に乗り上げてしまったのである(補足すると、指宿市の図書館にもここに関する情報は一切ない)。
事態が進展したのはそれから半年ほど時が経ってからである。指宿在住の正覚寺門徒の方にたまたまこの話をしたところ、なんと「それならうちの畑にありますよ」との返事。まさに青天の霹靂といった感じで、そんな偶然が起こり得るのかと大変驚いたのだが、当人曰く間違いないということで、こうして場所を見つけるに至った次第である。
かくれ念仏というと一般には「洞窟」のイメージが強い。しかし山の中の開けた所だったり、山頂だったりと「場所そのもの」がかくれ念仏というケースも少なからず存在する(阿久根市の「仏法かくれ念仏跡」や枕崎市の「枦原の念仏田」などがそれにあたる)。かくれ念仏が洞窟とセットで語られやすいのは、洞窟が‟形として残りやすいもの”だからである。反面、場所の場合は自然に飲み込まれてしまいやすく、‟形として残りにくい”宿命を持つ。だからこそ「洞窟」ではなく「場所」が今日まで伝え残っていることのほうが実は希少なのである(現に「指宿市文化財保存活用地域計画」にも「仮屋の隠れ念仏」と紹介されており、「念仏洞」とは書かれていないことから、ここが「場所」であった可能性が高い)。
本尊が掛け軸や仏像といった持ち運べるものではなく、摩崖仏という固定されたものであること。加えて三尊像という他の念仏洞にはない形を取っていること。これらに関しては不思議としかいいようがない。ただそれがかえってこの仮屋のかくれ念仏の唯一無二の特徴でもある。
ちなみに摩崖仏へと続く脇道へと入らずにそのまま坂を150mほど直進すると道路沿いの土手に等間隔で並んだ横穴が存在する。
一応、中を確認したが奥行きのほとんどない小穴(人が一人入れる程度)であることから、これらはおそらく防空壕、もしくは貯蔵・保管庫だと考えられる。少なくとも「かくれ念仏洞」ではないことは明らかである。

今回は「場所」としてのかくれ念仏が偶然にも私の知られるところとなり、大きな収穫を得ることができた。
本の中には現れない、このような場所に出遇えるのも調査の醍醐味の一つである。
