
アクセス
当念仏洞は土地の管理者様より「場所の非公開」をお願いされているため、場所の特定ができない範囲で公開します。
洞窟までの道のり

道路から洞窟入口までの時間は12秒。
ただし道路からは見えづらい位置にあるため、何の情報もなしにこの場所を見つけることは極めて困難である。
構造と内部の様子

・下段「調査を終えて」の項参照

現在、入口手前には木戸が設けられ、さらに南京錠によって施錠がされているため中に入ることはできない。
(正確には、この入口は洞窟へつながる「通路の入口」であり、本当の「洞窟の入口」はこの先にある)。

木戸越しに通路を撮影。
壁や天井が一面ベニヤ板で覆われ、さらに単管パイプで補強された通路。その距離は約7.4m。
奥に見えているのが念仏洞の入口。
この位置からは入口の半分しか見えないので中の様子は分からない。
洞窟周辺の様子

非公開
調査を終えて
かつて私の父がここを訪れた際に撮影した写真があったのでここに掲載しておく(撮影年は1995年)。



写真を見る限り、洞窟内部は一部屋だけのごく簡単な造りのようである。形はお米のような楕円形で、広さはそれほどでもないものの、高さは十分。おおよそ幅1.7m、高さ2.5m、奥行き3mといったところか。

実際に目で見ていないので、あくまでも推測の域を出ないが、洞窟内部はこのようなものと思われる。
広さからしてあまり大勢は入れなかったようだ。
ここの念仏洞に関して一点補足をしておくと、実はここは戦時中に防空壕として利用されており、その際に一部拡張がなされたため、「当時の姿そのまま」というものではない。従って、上の灯明跡が念仏禁制時のものなのか、それとも戦時中に新たに作られたものなのかは残念ながら不明である。
年月が経ち、伝承が途絶えると時にこういうことが起こる。
立地から言ってここは当面の間、埋没する可能性は低いだろうが、伝承のない念仏洞は「ただそこにある」でしかない。そのうち念仏洞だったということすらも風化して、やがては「謎の穴が掘られた場所」に遷移していくのだろう。
歴史とは生きた記憶である。
すでに大半の念仏洞は形だけの存在となってしまっている。
しかしこの現状こそが現代における薩摩のかくれ念仏なのだ。
「形だけになり果てた念仏洞の存在意義」―。その是非については読者の判断に任せたい。